ひろこの雑記帳

脱毛ブログにしようと思ったけどあまりにネタがないので雑記帳にしますごめんなさい

踊るということ多階層のダンスの高低についての考察気持ちがいいことと階層は一致しない

①ティップネス

渋谷、明大前

週に5回

ダンスシューズの派手さ格好良さは目立ちすぎてもいい

三十年

②踊り続けるということ

③なんて言ってもバレエが一番よね〜。そんな呟きに特に意味を持たなかったのは、全力で踊ることに充実を覚えていたからだった。激しいビートが聞こえて来ると湧き立つような昂揚感が気持ちを盛り上げる。大音響でスタジオに流れる音楽が心を浮き立たせる。早いテンポの音楽に、合わせて踊り始めるのだ。1時間踊り続け思う。まだまだいける。滴る汗の雫、ゼェゼェと切れる息が何か肉体というものから感じる好悪というものは、こんなことだなと思う。切れる息の音がやけに大きく響く。こんな時、全力や思い切りという気持ち良い爽快が何にも変えがたいと思う。

ヒット曲を世に送り出した心酔するアイドルが、駆け出しの頃ストイックであることをインタビューで語ることに違和感を覚えたことがない。誹りや蔑みの多い肉体的美しき世界というもので、そんなことより今時間に追われてでも踊りたい、注目を浴びたい、そんなことばかりを時間を惜しんで思うからだろう。

それでも、一歩外に出れば七人の敵などという言葉より激しく誹りが蔓延る。足元を掬われたのは、そんな時だった。棒に振ったとは、よく聞くことだけれど実際には起きるはずかないと疑わないことでもある。いつの頃からか棒、棒とそればかりが聞こえて来るとオリンピックの後のパラリンピックが注目を集めた。事の次第より踊り続けるしかない。踊ってさえいれば大丈夫なんだと思った。

事の次第のようなものが次第次第に明らかになる。解剖などの検体の話だけではなく、重い病で社会に帰っでは来ないような人の話に及ぶ時、社会や病気やそんな進歩を目指しているものに一見一流選手に似た車椅子や一見兵役に行く若者に見える聾唖者が病院や刑務所に吸い込まれては消えていった。人間じゃなかったのか、と消えていく段になって気づいたが、普段貢献したいんだと述べ続ける選手が病院などに貢献するためのものだったんだと説明された。亜人が如き人のようで人ではなく、人より優れていたものが簡単にしに行く者と決まり切っているような治療に貢献するため、信じられないような痛みやロボトミーとは病気や刑務所では冗談ではなかった。事の次第がようやく氷解したようだった。貢献なるものを目的として似姿というものを亜人が如く生かす選手がいつでも言いぱなしなのらしい。生きていれば同じではない。恐い話だ。