池袋ランチ

池袋ネタをひたすら語ります

私の好きな漫画、現代の金八先生とも言える武富健治著「鈴木先生」をご紹介致します!

現代の黙示録か。もしくは超教育的反金八先生とでも言えばよいでしょうか。

武富健治が送る「鈴木先生」をご紹介致します。

「鈴木先生」は双葉社の出版する「漫画アクション」に連載された青年漫画です。2005年から2011年まで不定期に連載されました。

2007年には文化庁メディア芸術祭のマンガ部門優秀賞を受賞しています。

2011年から2012年までは「鈴木先生外典」を不定期で連載していました。

鈴木先生は単行本で11巻発売されています。

この漫画は映画化もされています。

そんな「鈴木先生」の魅力はやはり主人公の鈴木先生でしょう。

彼はどんな小さな問題にも大きな問題にも本気で向き合って教師という職業を全うしようとしています。

例えば、中学生同士の恋愛について。若しくは、給食中の男子生徒の言動について。

何故、鈴木先生はこれほど些細な事にも注意をはらい、生徒と向き合う授業を行なっているのでしょうか。

普通の生徒は、自分の問題をなかなか周りに伝えようとしないからです。

一見問題を抱えていないような生徒が、実は深い悩みを抱えていた、というのは良くある話しですが、この漫画の特徴は鈴木先生がそれを知っている、ということです。

鈴木先生は何故知っているのか。鈴木先生は実は、教師になる前に旅のようなフリーター、というか、明るい引きこもりの様な生活をしていたのです。

その時の経験が鈴木先生の中にあたかも近代文学の主人公のような内面を与えてしまったのです。

近代文学の呪いを受けた鈴木先生は、自分の場の空気を読む力をより広いところで使用するスキルを持っています。

それが近代文学のヒーローの1人である「坊っちゃん」が持ち得なかった弱さであり、むしろ小林信彦の「うらなり」とも近い、新たな教師像を作りあげるに至ったのです。

今まで教師が主人公の小説は数多くありました。田山花袋「田舎教師」前述の夏目漱石「坊っちゃん」もそうです。これには当時の作家達がいわゆるインテリゲンチャ(知識人階級)であることも関係するでしょうし、教師が真に尊敬されていた時代があったことも関係するでしょう。

この教師像は現代では「家族ゲーム」や「GTO」のように求められる教師像がサブカルチャーに退避してしまったお陰で、教師に対して、普通の生徒達も普通の教師に尊敬の気持ちを持って接する事が出来なくなってしまったのです。

「鈴木先生」は漫画の形を取ってサブカルチャーではなく文学として成り立たせ、瀕死の中にいる尊敬されうる教師像を提示しているのです!